がん細胞を標的とした抗体療法
免疫は生体防御機構として重要な役割を担っており、抗体を介する液性免疫と細胞性免疫に大別されます。抗体は病原菌などの異物に対する免疫反応として産生され、異物を無毒化する働きをもっています。抗体医薬はこの抗体を遺伝子組み換え技術を使って人工的に合成したものです。1970年代に細胞融合技術を用いてモノクローナル抗体を安定して作成できるようになり、その後キメラ化、ヒト化などの技術革新によって多くの抗体医薬が登場し、臨床応用されています(表参照)。
日本では2001年にCD20抗原陽性B細胞リンパ腫に対するリツキシマブとHER2陽性乳がんに対するトラスツマブが最初に抗体製剤として保険承認され、血液腫瘍やがんの治療が大きく変わりました。非ホジキンリンパ腫の標準治療は長らくいわゆる抗がん剤の組み合わせであるCHOP療法でしたが、これにリツキシマブを併用することによって完全寛解率や生存率が有意に改善し、現在ではこの併用療法が標準療法となっています。また、トラスツマブは多くのがんに発現する増殖因子受容体の一つであるHER2に対する抗体医薬で、HER2陽性乳がん患者の奏効率の向上と生存期間の延長を認めました。
抗体医薬の作用機序としては、1) 抗体ががん細胞表面抗原に結合後のシグナル伝達を介してアポトーシス(細胞死)が誘導される直接的な殺細胞作用、2) 単球やNK細胞などの免疫細胞に発現するFc受容体に抗体のFc部分が結合する抗体依存性細胞障害(ADCC) 活性や補体の結合を介する補体依存性細胞障害 (CDC) 活性、3) 増殖因子やその受容体との結合をブロックすることによる細胞増殖の抑制、などの免疫学的機序があげられます。これらは単独で働くのではなく、複合して作用すると考えられています。
血管内皮増殖因子(VEGF)は腫瘍血管新生や腫瘍の増殖に重要な因子です。ベバシズマブはVEGFに結合し中和する抗体であり、大腸がんなど多くの固形がんに保険適用されました。現在では、大腸がんの代表的な化学療法であるFOLFOXやFOLFIRI療法との併用が標準療法になっています。
がん細胞の増殖因子の一つである上皮増殖因子の受容体(EGFR)に対する阻害抗体はセツキシマブとパニツムマブが臨床応用され、単独あるいは抗がん剤との併用で用いられます。
ADCC活性は抗体のFc部分の糖鎖に修飾を加えることによって増強することが明らかになり、成人性T細胞性白血病リンパ腫に用いられる抗CCR4抗体のモガムリズマブに応用されました。
抗体分子に抗がん剤を結合することによって抗がん剤を腫瘍局所に集中させ、局所の濃度を上げることができるため、全身の副作用を軽減させ、殺腫瘍効果を増強することが可能になります。急性骨髄性白血病治療薬のゲムスツマブ オゾガマイシンは、白血病細胞に発現するCD33に結合する抗体に微小管阻害剤のカリキアマイシンを結合させた抗体医薬です。抗CD30抗体に微小管重合阻害剤であるMMAEを結合したブレンツキシマブ ベドチン、抗CD22抗体に抗がん剤を結合したイノツズマブ オゾガマイシンはそれぞれホジキンリンパ腫やCD30陽性非ホジキンリンパ腫、CD22陽性非ホジキンリンパ腫の治療に用いられています。
また、放射線同位元素を結合した抗体医薬としては、悪性リンパ腫に用いられるイブリツモマブチウキセタンがあり、リンパ腫の放射線感受性が高いことを利用した放射線治療の効果を増強する放射免疫療法です。
最近、がん抗原に結合する抗体とT細胞に結合する抗体の抗原認識部位を結合したT細胞エンゲージャー抗体が開発されました(二重特異性抗体、BiTEと呼ばれます)。B細胞性急性リンパ性白血病治療薬のブリナツモマブはB細胞に特異的に発現するCD19とT細胞表面抗原のCD3の両者に結合することでT細胞を引き寄せて活性化し、T細胞による細胞障害活性を介して抗白血病効果を発揮します。2019年3月に保険承認され話題となっているCD19 CAR-T細胞製剤(チサゲンレクルユーセル)と類似の効果が期待されています。
免疫チェックポイント阻害抗体については次頁をご覧下さい。