養子細胞免疫療法

養子細胞免疫療法

 がん免疫に関与する細胞には、リンパ球(T細胞、B細胞)、ナチュラルキラー (NK) 細胞、ナチュラルキラーT (NKT) 細胞、単球/マクロファージ、骨髄由来抑制細胞などがあり、T細胞にはキラーT細胞、ヘルパーT細胞、γδT細胞、制御性T細胞などがあります。キラーT細胞はパーフォリンやグランザイムを放出してがん細胞を殺傷し、ヘルパーT細胞はキラーT細胞の働きを助ける役割があります。これらの免疫担当細胞を用いた養子免疫細胞療法 (ACT) の研究開発が半世紀前から精力的に行われてきました。

 T細胞はインターロイキン2 (IL-2) などのサイトカインを用いた培養によって大量に増殖させることができるため、患者さんのT細胞を含むリンパ球を体外の培養によって増やし、再び患者さんに投与する活性化リンパ球 (LAK) 療法の臨床試験が1980年代後半から90年代前半に行われました。欧米では主に悪性黒色腫や腎癌に対して施行され、10~20%の患者さんで腫瘍縮小効果がみられました(文献1)。

 腫瘍浸潤リンパ球 (TIL) は手術で切除したがん組織に含まれるリンパ球をIL-2や抗CD3抗体を用いて培養、増幅したキラーT細胞やヘルパーT細胞を含むリンパ球の集団で、LAKに比べてがん抗原に対する特異性が高いため、より治療効果が高まると考えられました。実際、大量のIL-2投与を併用したTIL輸注療法は悪性黒色腫や腎癌などを対象として臨床試験が施行され、30~40%の患者さんで効果が認められました(文献2)。転移性悪性黒色腫患者を対象にした臨床試験で、TILを患者さんに投与する前に抗がん剤を用いてリンパ球除去を行い、体内のリンパ球を一時的に減少させておくと、輸注したTILが体内で効率よく増殖するため、奏効率が約50%まで改善しました(文献3)。さらに全身放射線照射と自家造血幹細胞輸注を併用すると奏効率が約70%に著名に向上しました。
 しかし、必ずしもすべての患者からTILを作成できないこと、対象疾患が限られていること、リンパ球除去のため強力な抗がん剤治療を行うために感染症や臓器障害などの合併症のリスクを伴うことなどが問題でした。また、これまでの研究からACTの効果を得るためには、投与T細胞のがん抗原への特異性、投与後の生体内での増殖と長期間の生存、がん組織への移動能力、がん組織での免疫抑制の解除などが関与していることが明らかになっています。
 
 これらの課題を解決するため、精力的に研究開発がすすめられており、がん抗原受容体遺伝子導入T細胞による特異性の向上、適応となる疾患を拡大すること、そして免疫チェックポイント阻害薬による免疫抑制の解除などが非常に注目されています。
 1990年代にはT細胞が認識するがん、あるいはがん関連抗原の探索が精力的に行われ、種々のがん抗原が次々に同定されました。さらにこれらのがん抗原を認識するT細胞の抗原受容体遺伝子がクローニングされ、このT細胞受容体遺伝子を患者さんのT細胞に遺伝子導入し、がん抗原への特異性を高めたT細胞を輸注する遺伝子改変T細胞療法 (TCR-T療法) が開発されました。悪性黒色腫、大腸癌、滑膜肉腫などの患者さんを対象として臨床試験が行われ、悪性黒色腫で45%、滑膜肉腫では67%の有効率が報告されています(文献4)。2019年6月時点ではまだ標準治療となったものはありませんが、実用化に向けた臨床試験が現在進行しています。
 一方、がん抗原は抗体でも認識されるので、がん抗原を認識する抗体遺伝子とT細胞の増殖に必要な副刺激遺伝子をT細胞受容体の構成成分であるCD3遺伝子に結合した「キメラ」遺伝子を導入したCAR-T細胞療法が開発されました。このうちB細胞の目印であるCD19抗原を標的とするCAR-T細胞遺伝子治療が2019年5月に日本で保険収載され、B細胞性急性リンパ性白血病や悪性リンパ腫患者に対し大きな福音がもたらせられると期待が高まっています。
 さらに、ニボルマブやペンブロリズマブに代表される免疫チェックポイント阻害薬は悪性黒色腫や肺癌など多くのがんに優れた治療効果を発揮し、これらのがん治療戦略にパラダイムシフトをもたらしましたが、有効例は多くても30%程度であり、さらなる改善が必要です。ACTとの併用も有力視されており、再発難治性乳癌に対しTILと免疫チェックポイント阻害薬の併用が著効することが示され(文献5)、今後の進展が期待されています。

 最後に、NK細胞は自然免疫を担う重要な細胞で、T細胞と異なって、事前の感作なしにウイルス感染細胞やがん細胞を障害する能力を持っています。NK細胞は自己の主要組織適合抗原 (HLA) を認識する受容体からの抑制性シグナルによって自己の正常な細胞は傷害しません。しかし、がん細胞ではHLA分子の発現が低下したり消失することがあり、抑制性シグナルが伝わらなくなりNK細胞による攻撃を受けます。この実験結果を元にNK細胞を体外で大量に培養し、輸注する臨床試験が行われましたが、これまでのところ十分な臨床効果が得られていません。ただし血液腫瘍の根治的治療として行われる同種造血細胞移植では、ドナー由来の血液細胞と患者細胞との間でHLA型の不一致が生じる場合があり、同種抗原反応性のNK細胞が急性骨髄性白血病細胞の排除に働くことが明らかになっており、同種抗原反応性NK細胞を用いた新たなNK細胞療法が注目され、血液腫瘍以外のがんに対するACTとしても期待されています。同種移植ではドナーと患者という他人同士を攻撃し合う拒絶反応や移植片対宿主病という免疫の副作用を伴うことがあるので注意が必要です。

【参考文献】
1. Rosenberg SA, et al. J Natl Cancer Inst, 1993; 85: 622-632.
2. Rosenberg SA, et al. J Natl Cancer Inst. 1994; 86: 1159-1166.
3. Dudley ME, et al. J Clin Oncol. 2008; 26: 5233-5239.
4. Robbins PF, et al. J Clin Oncol. 2011; 29: 917-924.
5. Zacharakis N, et al. Nat Med. 2018; 24: 724-730.