シンポジウム
「癌の細胞治療・標的治療の最前線」から

福岡大学医学部生化学第一・分子腫瘍学センター 黒木政秀  


 改めていうまでもなく、癌の免疫療法における癌細胞膜上の標的分子には二つの形態が存在する。一つはMHC分子によって提示される癌ペプチドで細胞性免疫の主役CTL(CD8 T細胞)の標的であり、もう一つは癌細胞膜に発現するいわゆる腫瘍関連抗原で体液性免疫である抗体の標的である。もちろん、腫瘍関連抗原が細胞内で処理されMHC 分子によってCTL に提示されることも稀ではない。今回のシンポジウムでは両方の標的分子を念頭に3題ずつ計6題が取り上げられた(順不同、敬称略)。

 まず、CTLの標的については、産業医科大の竹之山らは、4例の肺癌細胞株を樹立するとともに、それぞれの患者から腫瘍特異的CTLクローンを確立し、内1例ではCTLが認識する癌ペプチドが転写因子NF-YCの変異ペプチドであることまで同定した。

 札幌医大の佐藤らは、扁平上皮癌でCD4 T細胞の癌ペプチドがα-enolase由来のペプチドであることを示唆する知見を紹介するとともに、胃癌で同定したHLA-A31結合性のCTL 標的ペプチドF4.2 を例に、分子シャペロンによる細胞内ペプチド生成の制御機構と新しいエスケープ機構を紹介した。

 愛知がんセンターの辻村らは、1996年にCTLの免疫モニタリング法として開発されたpeptide/MHC tetramer(通称MHC tetramer)をマウスのMHC クラスIb 群に属するTL分子(T3b-TL)に応用し、癌ペプチドは未同定ながら、TL拘束性CTL クローンの細胞傷害活性と染色強度に相関があることを報告した。

 一方、抗体の標的については、まず米国のDavid GoldenbergがCD20、CD22、erbB2、あるいはCEAに対する抗体の臨床応用の現況を報告し注目されたが、これについては本総会会長の今井先生に触れていただく。

 岡山大の小野らは、1996年に最初に報告された患者血清を用いて癌細胞由来のcDNA ライブラリーをスクリーニングし新しい腫瘍関連抗原を検索する方法であるSEREXを利用し、マウスでの解析をもとにヒト精巣よりcancer/testis(CT)抗原を同定した。

 最後に著者は、ヒトの代表的腫瘍関連抗原であるCEAに対する特異的な抗体のscFv を遺伝子レベルで利用し、抗CEA scFv 発現レトロベクターで自殺遺伝子iNOS をCEA 産生細胞に特異的に導入する遺伝子治療法を紹介した。また、抗CEA scFv /CD3zキメラレセプターにより、CTLをCEA産生細胞へターゲッテジングできることも報告した。 自然状態では、生体の免疫は病原微生物に対しては強く作用するが、癌細胞に対しては一般に弱い。この大きな理由の一つは、癌に対する免疫には自然淘汰が起こりにくいためと考えられる。すなわち、癌という病気は、一部の癌を除いてその大半が癌年令である40 歳代以降に発生し、多くの場合その時すでに子孫を送り出している。したがって癌は、癌を克服した強い免疫力を持ったヒトの子孫が生き残るというある意味での自然淘汰が起こりにくい病気である。このことは、自然の状態ではMHCによる癌抗原ペプチドの抗原提示能が強化されてきていないことを意味するとともに、また自然の状態ではCTLが誘導されにくいことも意味している。このことは、多くの種類の癌細胞においてMHC分子がdown-regulateされていることからも明らかである。翻ってこのことは、癌の免疫療法にはCTLの誘導だけでは不十分であり、最終標的である癌細胞そのものの抗原提示を確認する必要があることを示している。抗体の標的である腫瘍関連抗原についても、その癌特異性の問題を含めて然りである。癌の免疫療法には、今後とも癌細胞膜上の二つの形態の標的分子の存在確認をそれぞれ常に意識する必要があるように思われる。